2008年10月12日(月)
まだ夜中だろうと時計を見たら4:45だった。
しばらく暖かいシュラフのなかでまどろむ。
テントから顔だけ出して外を見る。まだ真っ暗だ。
あるものすべて着て、まず湯を沸かす。
気温3度、風はない。
[E:upwardright]5:28 真っ暗だった空が青白くなってきた。
頂上小屋ではご来光ショーが始まるころだ。
まだ夜明け前の涸沢カールの住人たちは、懐中電灯の明かりを頼りに支度に忙しい。
ザックの中でぺっちゃんこになったパンをあったかい[E:cafe]コーヒーで胃袋に流し込む。
[E:upwardright]5:33刻一刻と空は明るくなり、穂高稜線が浮かびあがる。
涸沢の夜明けである。
[E:upwardright]6:00テントサイトを出発する頃、北穂高岳は黄金色に陽を浴びていた。
今日の目的地は、この陽があたっている北穂高岳(H3106)。
テントサイトが標高2300なので標高800ⅿ稼ぐことになる。
3時間の行程である。
余分な荷物はテントに置いて、足取り軽くテントサイトを出発する。
6:20 涸沢小屋の横から登り始める。
日当たりのいい草付の斜面を登っていくと、登山靴で掘り返された霜柱が見られた。
もう冬なのだ。
南稜の登山道に取り付くまで、右手に東稜を見ながら登る。
先月の山行のことばかり考えながら登った。
北穂池からいったいこの東稜のどこに上がったのだろう?
目を凝らして稜線に目をやるがはっきりわからない。
北穂沢に降りた口は見当ついたが、ザイルなしで降りるルートは私にはわからなかった。
バリエーションルートだということはよくわかった。
東稜には、物好きな登山客3人が見え隠れしていた。
彼らはどこをどう進もうか迷っているようでもあった。
とにかく私はわき見(東稜)ばかりしていた。
そんなときだった。
かなり上のほうから『ラ~ク!』 『ラ~ク!』 『ラク~~!』と大声が飛ぶ。
北穂沢上部からの落石だった。
石の塊は急斜面ゆえにどんどん加速度を増し、バウンドするたびに猛威をふるった。
「来るな!」という願いもむなしく、1番大きいヤツが大きな弧を描きながらこちらに向かってきた。
当たってたまるものかと石の塊をにらみつけた。
私の5メートルほど前方の岩陰に吸い込まれるように落ちたときは恐怖におののいた。
「今度はどっちに跳ねるんだ!」
こちらに跳ねたら真横から飛んでくるはずだと咄嗟に思った。
そうなったら近すぎて避けられないぞと足がすくんだ。
が、小石が縦横無尽に飛び散っただけで狂った親玉はここで止まってくれた。
先月に続き、北穂沢の洗礼は強烈だった。
南稜に取りつくはしご下は、登る人、降りる人で大渋滞だった。
いくら登り優先といえども、そんなことしていたら下山できない。
適当なところで降りてきてもらう。
はしごを登り、クサリ場を三点確保でよじ登った。
南稜に上がると涸沢岳への縦走路(最低コル)が見え出した。
それはのどから手が出る縦走路だった。
実は当初、夫と2人山行で北穂~涸沢岳縦走のつもりだった。
が、友達との4人山行にしたとき、安全を考え北穂高ピストンに変えた。
だからこの縦走路を見たとき、内心「これを行けないなんて、あぁ・・・・惜しいなぁ」と思ったのだ。
そのかわり、天気がよく眺望は最高だった。
[E:upwardright]前穂高岳北尾根越し、遠くに富士山が見えた。
(写真をクリックして、是非大きな画像で見てください)
左から、八ヶ岳~富士山~南アルプスが雲海に浮かんで見えた。
20張り(番号制)のテント場を過ぎ、北穂南稜の分岐を過ぎると、[E:upwardleft]北穂北峰頂上直下に出た。
10分ほどで・・・・・
目前に槍が見えたと思ったら頂上だった。
360度さえぎるものはない、雲ひとつない素晴らしい眺望だった。
いつものように、見える山をひとつずつたどる。
槍
水晶~鷲羽~二俣蓮華~双六
薬師・(黒部五郎)・(笠)
白山
剱・白馬・唐松~五竜・(鹿島槍)・(針ノ木)
燕~大天井~横岳~常念~蝶
前穂~奥穂~(ジャンダルム)涸沢岳
八ヶ岳・富士山・南アルプス・浅間山・・・・・・・
ピークを踏んだ山と稜線(~)には、あの時はありがとう。
そして未踏の山(かっこ内)にはいつか行きます・・・・と心の中で言った。
そのとき北穂池の存在を忘れていることに気づいた。
ピークから見えると思って探しても見えない。
見えるほうにどんどん進んだら北穂小屋のテラスの端の端だった。
足元に北穂池が見えたとき、「お~い」と池に声を掛けたい心境だった。
とても近くに感じた。(実際は標高差630)
ルートはないからあそこから登ったらここまで3~4時間はかかるはず。
右奥にそびえ立つ常念岳と北穂池を交互に目をやっては至福のときを味わった。
そして槍への縦走路をチェックする。
なるほど大キレットは惚れ惚れするほど凄かった。
自分の足元から槍へ、そして槍からまたこちらに目をやる。
何度も何度も稜線を目でたどった。
雲で隠すことなく全貌を見せてくれたということは、どういうことなのだろう?
いつか来ますか?やめますか?
私は槍に試されているように感じた。
この縦走をやらないなんてもったいなくはないだろうか。
ここにこそ山の楽しみがあるのではないだろうか。
縦走路になっている北穂小屋のテラスで頭をかかえた。
[E:upwardright]涸沢のテントが米粒のように小さく見えます。(標高差800m)
興味のある方は、写真をクリックして1番大きな画像で見てください。
明日のルート(ヒュッテ裏からのパノラマコース~屏風岩)もよくわかります。
[E:upwardright]北穂北稜から南稜を見る。その奥は奥穂高岳~ジャンダルム
[E:upwardright]北穂南稜から涸沢岳への縦走路もしっかり下見する
[E:upwardright]前穂北尾根と涸沢カール
[E:upwardright]常念岳~蝶が岳。右の赤いのは屏風岩(H2565)
十分景色を堪能して12時下山し始める。
来た道を忠実に降ること2時間、行きには気づかなかった紅葉に出会う。
思わず魅入る。
さらに降ること数分で・・・・
息を呑むほどの美しさだった。
ナナカマドの赤・ダケカンバの黄・ハイマツの緑・ザレの白・岩の黒。
14:21涸沢小屋に無事降りた。
小屋のテラスは暖かいものを買い求める登山客であふれていた。
テントに戻ったのは15:30。
着替えを済ませ、カールを散策した。
少し登ると涸沢カールに池があることを発見した。
あっても不思議でないのだけれど、大発見した気になった。
涸沢はこの大勢の登山客を優しく包み込んでいた。
夕飯は、テントサイトでアルファー米のえびピラフを食べた。
お湯を注ぐだけで食べられる優れものだ。
甘いものを口に入れ、あったかいお茶を飲む。
幸せこの上ない。
寒いのでシュラフにもぐる。
目を閉じた。
脳裏に焼きついている雄大な景色、鮮やかな紅葉が浮かんでは消える。
穂高よ、槍よ、涸沢よ、ありがとう。
穂高に包まれ幸せな気持ちで眠りについた。