
今年の北アルプスは梅雨空が長く続いたので、思うように出かけることができず、じれったい思いをさせられました。
天候安定をじっと待って選んだ今年初の目的地は、H22年の東鎌尾根縦走で通った『ヒュッテ西岳』です。
東に常念山脈、西に槍穂高の山々が半径5㎞以内にありロケーションは極上。表銀座縦走路なのに、実に静かで落ち着いた場所だったことがH22年以来ずっと忘れられず、 それ以後というもの北アルプスに訪れるたび、周りの山から「いつかアソコで泊まりたい」と狙っていたのです。
山のてっぺんを目的地とせず、立地条件がよい場所(小屋)を目的地にしたものだから、「今日はどこから?明日はどこへ?」という質問には、相手によっては答えにくいものがありました。ピークハンターには理解は得られませんでしたが、それでも理解者は少なからずいて、いろいろな山への思いがあって興味深いものでした。

今回は、そんな静かな場所を求めて出かけました。
私流山旅の記録のはじまりです。お付き合い下さい。
平成25年8月9日(金)
名古屋駅13:00発のワイドビューしなのに乗車。松本駅で大糸線に乗り換え穂高駅に着いたのは15:40。
今日は安曇野で前泊するだけなので、なんともゆったり。
穂高駅から出てくるのは登山者ばかり。この時間は私のような前泊組でしょう。
今宿への乗継バスはすぐあるけれど、そんなに急ぐことない。1本後のバスにして穂高神社を参詣する。
駅から徒歩数分のところにある穂高神社は日本アルプスの総鎮守といわれている。
奥穂高岳や上高地明神の奥宮は通過するたび安全山行を懇願している。ようやく初穂高神社参詣となった。これで少しぐらいの痛い目にあっても神様に見放されることはないだろうと勝手に信じ込む。

最終バスの待ち時間にスイカジュースを買い求める。長野県波田産のスイカとのこと。この人生初スイカジュース、この世にこんな美味しいものがあったのかっていうくらい私好みだった。だから帰りもこの店に自然に足が向き買い求めてしまったくらい。ちなみに、その場でジュースにしてくれ500円なり。
そして安曇野といえば『いわさきちひろ』。切手購入。いつものことだけど、気に入った絵柄の切手は絶対買う。満足感を考えたら絶対お値打ちだと思う。ちなみに私は収集ではなく、好みの切手を貼って送るのが楽しみなタイプ。
15:40の安曇野くるりんバスに乗って今宿へ。

車窓からの景色が私の目を通って心に染み渡り、何とも心地よい。
安曇野の景色は、私をどんどんリラックスさせていった。
諳んじることができる数少ない歌のひとつである牧水の歌が頭に浮かぶ。
この川は『穂高川』 その源泉は、幾重にも折り重なるなかに見る有明山を超えた向こうにあるという。
乗車賃400円の安曇野くるりんバスで、これだけの景色が見られるなんて、これまたお値打ちだと思うものだった。

今宿の前でバスを降りると、明日からの『相棒の山姥』が浴衣姿で出迎えに出てきていた。明日からに備えてゆっくり当地にくればいいものを、この山姥、暇だからと朝に名古屋を出ていたから、少しお疲れモードの様子。このせっかち山姥と、明日から3日間付き合うことになる。
明日からの小屋の粗食に備え、ご馳走で鋭気を蓄える。なかでもメバルの唐揚げはかぶりついて食べるほど美味しかった。
温泉に入って、ふかふかのお布団でゴロッと。たまにはこういう息抜きも必要。ゴクラクってどんなところか知らないけれど、定番のゴクラクゴクラクとつぶやく。
ふと、電車で隣り合わせ仲良くなった4歳の坊やを思い出す。

まだ手のかかる妹を抱くお母さんと離れて私の隣に座った。知らないおばさん(私)の横で緊張する彼を窓側にしてやると喜んで外を眺めていた。彼の性格か、私の包容力か、すぐに二人は打ち解け仲良くなった。しかしなんといっても4歳。初対面だしそう話が続くわけがない。そのうち疲れが出始めた彼の背中をトントンしてやったら眠ってしまった。私を信用して眠りに落ちたなんて、母性本能をくすぐられた。今晩するという花火・おやつ・帽子・タオルが入っているこの黄色いザックを大事そうに丸まる寝姿はたまらなく愛おしかった。今頃花火やってるかなぁ?
そんな可愛かった彼のことを考えながら、山姥の隣で眠りについた。

